あつなりのそれでもブログを書いている

※カナダはトロントにてワーキングホリデー中でございます。参考にして頂けると幸いです。

荷造り

が佳境に入り、僕の部屋はだんだんと何もない元の状態に近づきつつあった。

今日も、朝の早くから親が車で駆けつけて、僕の整理した荷物を自慢のステップワゴンに運び込み、実家へと持ち帰ってくれた。僕の親は、仕事している平日の間も合鍵を使って、僕の部屋に入り、整理した荷物を運んでくれたわけだから、親には感謝してもしきれない。恐らく、車で僕のアパートと実家を往復すること今の時点で3回くらいである。しかも、親は還暦を過ぎており、肉体的にもしんどいはずなのに、感謝というか申し訳ない感まで出てくる。僕に土日とかに僕の荷物を無償で運んでくれる便利な友人がいれば、親の負担も和らぐわけだが、残念ながら僕は友達が少ない。異常なまでの人見知りのせいか、バスケのサークルとかで色々なチームにお世話になっていながらも、バスケ以外の時間で会ってくれる友人が出来なかったのである。

「人見知りって、人生損してんで。」

って、フィリピンに語学留学に行ってた時に、ルームメイトの日本人から言われたことがあったのだが、本当にその通りだと思う。人見知り故の機会損失である。人生を損しているということに異論はない。ただ、それを直す気もあまりない。なぜなら、変に人付き合いが深くなると疲れるからである。僕が単に一人ぼっちが好きなだけかもしれない。一人でバスケのシューティングをするのが好き、一人でソシャゲをするのが好き、一人で読書をするのが好き、一人でアニメをするのが好き、一人で旅行をするのが好き等々。ただでさえ、会社の中でめまぐるしいまでの人間関係の波にさらされて、色々気を遣ってきたのに、なぜにプライベートまで人に気を遣わないといけないのか。そういう思いがあり、一人であることに妙に居心地の良さを感じていたわけである。

もしかしたら、カナダに行ったら心境が変化して人見知りが治るかもしれない。というのも、向こうに行ったら、頼るのはどう考えても人しかいないわけですから、人見知りが云々とか言ってられる場合じゃなくなると思う。友達100人とまでは期待しないが、せめて気心が知れた友人が2、3人くらい欲しいところである。できれば、外人の女の子がいいかな。

 

がらんどうになりつつある部屋を見つつ、色々な思いに耽る。思えば、本当は今の物件に住むつもりはなかった。なぜなら、職場から少し離れていたから。本来は職場からチャリンコで通えるかつ、NKS-405に通いやすいところに住むことが理想だったのだが、生憎、あのあたりは地価が高く、社会人2ヶ月目の当時の自分としては、敷金礼金すら払えない金額だったのでしぶしぶ断念して今の所に住んでいるのである。

不動産業者の紹介で物件回りを2、3件して、今より駅近の物件があったのですが、覗いてみて絶句しました。なんと、Gがいたからである。いくら駅から徒歩2分くらいとは言え、Gを見せられた部屋に住みたいと思うわけもなく、今の部屋に住むことになったのである。部屋のレイアウトも気に入ったし、自分としては満足だったのを覚えている。

しかし、安かろうは悪かろうなのか、様々なトラブルに巻き込まれてしまった。例えば、置いてあった自転車にイタズラがされていたり、ベランダの上の階から水が染み出していたり、部屋の壁が剥がれ落ちてきたり、床のフローリングが剥がれてきたりと散々でした。でも、貧乏生活に妙な憧れがあった僕としては、そんなトラブルでさえも愛おしく思えたし、今となっては懐かしい思い出である。

でも、今度アパートを住む時は、最低限足を伸ばせる風呂を完備している所にしたい。なぜなら、冬の寒い中で、シャワーで済ますということは想像以上に辛かったからである。部屋のエアコンの設定温度を限界まで上げて、部屋を十分に暖かくした状態でないと到底入れなかった。それだけ冬のシャワーは覚悟が必要なのであると身を持って知りました。そして、実家の浴槽に湯が張っており、色々意味で冷え込んだ僕を迎え入れてくれるようなあの暖かい空間が恋しいと思わなかったことがなかった。それだけ、冬場のシャワーは辛かった。

洗濯機やタンスなど新たに部屋に持ち込んだものを運び出すと、6畳ワンルームとは言え、妙に広く感じる。何より音が妙に響くことに驚いた。思わず、クマムシの「あったかいんだから」を歌ってしまうほどである。さも、カラオケルームか風呂場で歌うかのごとく音が響くのである。それだけ、物がなくなったということで妙に悲しくなってしまったが。

ともあれ、色々なことがあったこの部屋とも明日にお別れである。明日にお別れとなるとさすがに後ろ髪を引かれる思いにはなる。そりゃ、約5年間も住んだ部屋ですから。多少の愛着が湧くのは当然なのかもしれない。ここまでの言うては悪いが、安アパートであるが、その安っぽさが居心地を良くさせていたかもしれない。しかし、そんな愛着たっぷりのアパートとお別れである。それと同時に、慣れ親しんだこの街ともお別れなのである。好きだったあのうどん屋。行きつけのスポーツジム。チャリンコやバイクでよく出かけた天王寺の街並み。同じく難波の街並み。タイムセールスの時に良くお世話になったあのスーパー…。そう思うと、やっぱり大阪が好きであり、この街が好きだったんだと思う。

そんなことを思い、文書にしながら最後の晩餐を楽しみました。

それにしても、星野源ばりの文章に仕上げようかと思ったが、中々うまくいかないもんだなと思う。何かを人を惹きつけるように伝えるのは難しいだなとつくづく思いました。

f:id:A28_K:20170403205305j:plain

f:id:A28_K:20170403205308j:plain

f:id:A28_K:20170403205319j:plain

f:id:A28_K:20170403205252j:plain

f:id:A28_K:20170403205247j:plain