あつなりのそれでもブログを書いている

※カナダはトロントにてワーキングホリデー中でございます。参考にして頂けると幸いです。

終電

を昨晩、乗り過ごした。

というのも、バスケのサークルの飲み会があって、東大阪にある某鳥貴族で11時半くらいまで飲んでいた。それで、そのままの勢いで終電を乗り過ごした次第である。ただ、代表の方が11時半くらいになって、終電大丈夫なのかって聞かれた時は、少し悪意を感じた。どう考えても厳しいだろうと。そして、案の定、終電が見事になかったのである。あの時の代表の顔がどこか悪意に満ち溢れていたように思えてならない。って言うと、結構おごがましい話であって、ぶっちゃけ終電を乗り過ごしいいような感じで飲んでいたので僕としては別に構わなかった。

話としては、サークル内の結婚事情で盛り上がった。◯◯はこういう経緯で結婚しただの、結婚せざるを得ないだの、妊活をするだのしないだの云々かんぬん。僕としては、あまり入る余地のない話ばかりだったので、傍観者として話を聞きいっていた。ただ、あまり印象に残る話はなかった。強いて、言うなれば結婚生活についての愚痴ばかりだったので、街中で見る夫婦がベビーカーを引いて、仲良さげに歩いている姿というのがいかに幻想かということを思い知らされるばかりだった。独身にとって、結婚後の生活の愚痴ほど、結婚に対するモチベーションを折るものはないと思う。

僕の身の周りを見ても、基本的には楽しそうに結婚生活を送っているケースを見たことがない。自分の親にしても、仲が良いとは到底思えない。毎日口喧嘩が絶えないのである。更に言えば、夫婦ともども還暦を迎えているので、仕事は当然リタイアしているのである。言うなれば、家で共有する時間が物凄く長いのである。そのことが、口喧嘩に拍車をかけているような気がしてならないのである。火に油を注ぐとは正にこのことである。元々仲がよくなかったところを更に時間の共有の長さが拍車をかけているといった状況である。そうなると、口喧嘩をしているのを見る側としては気分が悪いことこの上ない。仕事をリタイアした熟年夫婦で、旦那の方が空気になるというのはよく聞く話ではあるが、うちの場合は空気以下の存在のように思える。何というか、母の悩みのタネになっているというか。まぁ、そんな家庭事情が見るに堪えなかったわけなので、僕は一人暮らしをしていたわけである。やはり、家に帰ってからも余計なことでストレスを溜めたくはなかったからである。

話を戻して、昨日のサークル内の飲み会でもそういう話があって、奥さんが家事をまったくやってくれなかったり、旦那と話しても口喧嘩ばかりしたりだのそんな話ばかりである。繰り返し言うが、結婚して、毎日奥さんの手料理を食べれて、時には、旦那の方がご飯を作って、それで寝食を共にして、笑って暮らすといった某ラブドラマに出てくるような甘い結婚生活はやはり幻想なのである。でも、そういう幻想を追うのが人間というものであって、そういう愚痴に対して辟易としながらも、甘い結婚生活に対する希望を捨てないように密かに思った。そのためには、結婚前の同棲生活は不可欠で、特に一緒に結婚前に旅行に行ったらいいとちきりん氏の著書に書いてあった通り、いつもとは違う場所で男女が寝食を共にしたらどうなるかっていうのを体験するのはとても大事だと思う。その内容を読んだ時、結婚前に旅行に行くのはマストだと思い、絶対に実践しようと思った。

それにしても、昨日は疲れていたのか、話にキレがなかった。というのも、周りは学生時代のエピソードとかで滑らない話を披露していたのに僕の口からはそんな話が一切出てこなかった。学生時代、友達いない芸人でまかり通っていたので、あまり面白いエピソードの絶対数こそ少ないのだが、それでもなんぼかあったなと飲み会が終わってから反省している次第である。例えば、中学の時にプールの時間にブーメランパンツからアソコがはみ出ていた同級生がいた話とか、大学の時に試合の次の日にオートロックをこじ開けて、勝手に僕の部屋に入ってきて、試合のDVDを見ようとした悪友がいたりとか、酔った勢いで道路のど真ん中で寝だすヤツとか…。思い起こせばこの手の滑らない話はいくらでもあったはずなのに咄嗟に出てこなかったことが不思議でしかたない。ワインの1、2杯で(遠慮した)、僕の脳の一部は侵食されてしまったというのか。原因がわからないが、面と向かって話にキレがないと言われたのは初めてで、裏を返してみても、普段から話がキレッキレというわけでもないが、とにかく話にキレがなかったのは事実のようであった。

その人曰くは、人間というのは生きている上で面白い体験を幾度となくしているはずだから、そういうエピソードがないこと自体おかしいということらしいのだが、確かにその通りだと思う。人間、一生能面のごとく無表情で笑顔ゼロっていう人はいないはずだからである。

笑顔で思い出したが、僕は社会人になってから二度財布を盗まれているのである。その一度目が会社の行事で吉本新喜劇の生演劇を見に行く晩にあって、自転車の前かごにビジネス鞄を乗っけて移動していたところ、3人組の女子中学生と思われる集団に囲まれて、気がつけばビジネス鞄がなく、盗まれていたのである。あの時ほど、頭の中が真っ白になったことはなかった。まるで、初代ポケモンで相手のトレーナーに負かされた時に目の前が真っ暗になる、あのような感じであった。実際、夜中に事が起こったので、目の前が真っ暗であったことには間違いはないのだが、リアルな道のりだけでなく、僕の頭の中までも真っ暗になってしまったのである。それで、次の日も正直、頭が黒く塗りつぶされて、心身共衰弱した状態で、吉本新喜劇なんていうものを見る気さえなかった。でも、実際観てみると、笑えるものなんですね。どんなに落ち込んでいても、場の空気と演劇の面白さで思わず口元が緩んでしまい、気がつけば笑顔になっていた。吉本の偉大さを感じた瞬間であった。

 

そんなこんなで飲み会が終わった後に色々反省することが多い飲み会であった。でも、面白い話ができるかできないかって誰と話するかにも依るように思える。