日報あつなり

2017年3月に5年間、大阪の某製造所で事務系の仕事したのちに、カナダに1年、オーストラリアに1年ワーキング・ホリデーで海外生活してました。2019年8月よりフィリピン生活開始。※基本的には毎日更新します。

そんなこと言われましても

今日は、シドニーにおける最終勤務日でした。

いやはや。

昼間は木曜日だというのに暇だった。

いつも木曜日はショッピングデーという名目で忙しくなるのだが、今日は珍しく暇だった。

ただ、晩はそこそこ忙しかった。

昼間来なかった分の駆け込み需要っていう奴か。

よくわからんが、そこそこ忙しかった。

が、僕の敵でもない程度の忙しさだった。

一言で言えば、「どうってことなかった。」。

小さい子供にぶん殴られたり、色々なことがありましたが、のんべんだらりと働かせて頂きました。

それで、バイトの子にアデレードに行くんですと言うと、キョトンとされた。

どうやら日本人の中では認知度はかなり低いようである。

まぁ、だからこそ行くんですけどね‼︎

シドニーを離れる理由については、伏せておいた。

日本人を見るのが嫌なんて言われて、気分はよくないでしょう。

そして、終わったあと、エリアマネージャーには挨拶をした。

このエリアマネージャーが曲者で最初は僕のことを仕事ができない奴みたいな感じで扱っていた。

正直、最初の頃は一緒に働くのが嫌だった。

でも、慣れてくるとそうでもなくなった。

むしろ、働きやすいくらいである。

僕は基本的には職場とかそういう場所での第一印象はすごく悪いようである。

社会人になって、初めて勤めた会社にしろ、トロントのレストランにしろ、ここの回転寿司屋にしろそうである。

だから、慣れたと言えば、慣れたのである。

ただ、焼肉屋に関しては慣れる以前の問題であったが。

あれこそ、ワーホリ生活における最大の汚点と言うべきであり、初めての敗北と言えそうである。

それは、さておき。

エリアマネージャーから色々言われた。

最近の勤務態度が良くなってきたこと。

ずっと働いていたら、supervisor的なことをやってもらうつもりだったこと。

そして、いずれはオーストラリアで永住するつもりで一緒に働くという道もあるということ。

さらっと書いたが、結構大事なことを言われたように思う。

その気になれば、オーストラリアに永住することができるのである。

それくらい評価されていたと言っても過言ではない。

ただ、申し訳ないが、その気はさらさらない。

もうそろそろ落ち着いた生活をしたらどうや?的なことも言われたが、落ち着いた生活をするにしろ、シドニーという選択肢はあり得ないな。

むしろ、シドニー嫌いなくらいですし。

今のところは、香港かカナダのトロントかのいずれかで落ち着けたらというのが理想である。

しかし、理想というのは常に変わっていくもの。

僕もまさか、シドニーを出ることになるなんて半年前には思いもしなかったし、シドニーが嫌いになるなんて想定もしなかった。

でも、それくらい前途がわからないくらいの人生を歩んでいるのだから、それはそれで面白いなと思ったりもする。

だから、シドニーが好きとかそんな話をしているものだから、ついつい目が泳いでしまい、心理学者のDAIGOだったら、「こいつ、シドニーが好きとか思っていないだろ。」ということがバレていたに違いない。

そもそも、シドニーが嫌いじゃなかったら、アデレードに行くという選択肢まずあり得ないでしょう。

そこをもうちょっと言及して欲しかった。

アデレードに1ヶ月住んで、気に入らなかったら戻っておいで的なことを、たった3ヶ月程度しか働いていない僕に言ってきたが、道を踏み外してもそれはありえない。

何回も言うが、僕はシドニーが嫌いである。

戻る理由などないのである。

そんな小話をしたが、一つうれしかったことが、一定の評価を勝ち得たということである。

キッチンではなく、サーバーという仕事で。

これは、間違いなく大きな自信に繋がった。

正直、飲食であればどこでも働けるんじゃなかろうか。

飲食に留まらず、仕事における自信はみなぎっていく一方である。

そういう意味ではいい経験ができたということで感謝をしたい。